いい人

このところ、「平兵衛さんは、本当にいい人ですね。」という「お褒め???」の言葉を耳にすることが多くなってきたように思う。

ただ、その都度、「いい人って、どういう意味なのか?」・・・ その言葉を聞くときいささかの抵抗感を覚える。素直に喜べばいいものを・・・なぜ?

我が人生において、多くの人たちといろんな関わり合いをもたせていただいた。ところがである。私が「頼りがいのある奴だ。」、「信頼できる」と思うのは、どちらかというと「悪人、悪ガキ、悪党」の類である。私にとっての「いい人」には頼りがいになる奴は非常に少ない。だから「いい人ですね。」と言われるたび、「頼りない人ですね。」と言われているような感覚を覚えるのであろう。

「好きだから」或いは「嫌いだから」で話をすすめると角が立つことは少ない。ひょっとして「いい人」という印象も与えるのかも。しかし人間としての信頼度は?魅力は?

人との付き合い中の多くの会話、そのコミュニケーションにおいてIMRESSIVEなフレーズを相手の意識、無意識を問わずインプットしている。インプットした言葉によって「いい人、悪い人」の印象が決められていく。でもいい人であれ、悪い人であれ「NO」という一言、一歩踏み込んで「闘争心」を失わないことで「私」でいることはできる。

北へ北へと草木もなびく

ちょうど去年のこの頃、「猫も杓子も北欧へ、デザインをもとめて」という記事を書いた。
今年もStockholm Furniture FairとNorthern Light Fairが7日から開催されている。世界最大級のケルンの家具見本市を差し置いて多くの人が訪れるようだ。

フランス、イタリア、スペインのように、その気候や風俗が感性を育み、一方で長い歴史をもち、過去において世界文化のリーダーとして冠たる存在であった民族のDNAをもった末裔のCREATIVITYに対する評価であれば理解しやすいのだが・・・・
こういう言い方は北欧の人たちに対して失礼ではあるが、この地はつい近代までいわゆる山賊、海賊の居住する不毛の地であり、ロマノフ王朝はじめヨーロッパ文化を花開かせたハプスブルグ家、そして南にあるオスマントルコなどとは一切無縁の国々である。そんな民族の3,4世代後の子孫の創造力が現在なぜもてはやされるのであろうと愚考してみた。

いい気候の夏季は短い。長く雪に覆われる厳寒の冬季を生き抜く知恵が彼らには求められる。余分なエネルギーを使っていては死んでしまう。だから生活に使う道具は機能的で、使いやすいものでなければならない。装飾なんかいらない。シンプルで長持ちさえすれば十分。幸いなことにエスキモーの人たちとは違い、彼らには自然の森林が豊かにあった。森へ入ってウサギ、熊、狐(熊や狐が住んでいるかは不明ではあるが)などの肉を食い、毛皮を剥げば暖をとれる。また森の木を伐採すれば簡単に家具は作れる。こういう生き抜くための知恵がモノづくりにおいて西洋、東洋とはまた違った視点を育てたのであろう。

少し脱線するが、今から30有余年前、KOSTA BODAというガラス食器を商品として販売したことがある。キッカケはフランクフルトの空港で非常にシンプルなグラスが目に留まり買って自分で使ってみるとなかなか具合がよかったことにある。調べてみると大阪のNという商社が輸入卸をしており、早速、仕入れてみた。当時は気をてらったデザインや装飾的なものが主流であったので何の変哲もないグラスが妙に新鮮であり、お客さんの評判もきわめてよかった記憶がある。ところが最近はイタリアはじめ諸外国からデザイナーを招聘したせいか、その独特の雰囲気が失われていることは少し残念に思うことである。

話を戻したい。だから世間でよく言われる「北欧デザイン」自体は存在しないと思っている。機能性を追及してきた結果としての現在のフォルム(北欧スタイル)をそう呼ぶのは勝手だが・・・・そのフォルムが、経済状況が低迷するモノあまりの先進国で、比較的安価なこともあり受け入れられているだけにすぎないのではないかなというのが私見である。ただビジネスを考えるとき、ここ数年は他の「スタイル」を取り扱うよりはカネにはなりやすいのは蓋し頷ける。IKEAやH&Mそしてまもなく大阪でオープンするデンマークの1コインショップも安価で機能的なモノづくりの一例であろう。

ところが、北欧の照明器具については、家具と一括りできないと考えている。
北欧の冬は長い、長い冬の一晩子供たちを楽しませようと彼らが考え出し、いまや全世界に広まったサンタクロース。大人たちも雪に閉ざされた夜、フランス人やイタリア人のように夜フラッと出かけてバーで飲んでいたら帰り道に凍死してしまう。いきおい家の中でその時間を楽しむ工夫がいる。その雰囲気をつくってくれる大きな要素は「灯り」である。まず彼ら手がけたのは、今ではほとんど見かけることはなくなったが、電気で炎が揺れ動くキャンドル、人工的な暖炉の火である。自然が与えてくれる太陽光に勝るものはない。その自然の恵みを楽しめない彼らは人工的にそれを作り出さなければならない。「世界でもっとも夜の時間を楽しみたい欲求の強い」彼らの中にデザイナーと呼ばれる職種が他のヨーロッパの国々とは遅ればせながら出現、日本などの先進国のハイテク技術を導入し独自のスタイルを形成してきたのである。「商人」としてコメントさせていただくなら、あまりにもモノあまりの先進国で、また経済が低迷する先進国で、ヨーロッパが生む商品のなかでは、カネ儲けのしやすい商品のひとつであろうと見ている。

したがって、北欧の家具は彼らが厳しい自然の中で「生き抜く」ための産物、一方で照明器具は日照時間の短い季節を「楽しむ」ための工夫の産物という、まったくモノづくりのルーツにおいては両極端に位置づけられるモノである。

JIROは上海っ子

今年の春節は1月23日から始まった。いつものように花火、爆竹がうるさくて寝られやしない。おまけに最近ちょっと困ったことがある。それは毎晩お風呂上りに平兵衛さんがベッドの上で歌いだすこと、いくつか歌うのだけれど、必ずその中に「上海帰りのリル」という曲が入っている。何でも平兵衛さんが小さい頃、津村謙という人が歌って日本でずいぶんヒットしたらしい。それでもHANAKOはお構いなしにグゥグゥ寝ているけど・・・・平兵衛さんの歌が子守唄になるわけないのに。

その歌詞に、♪夢の四馬路(スマロ)の霧降るなかで♪・・・・・♪ という一節がある、この部分を平兵衛さんはとても気にいっているようで繰り返し・・正直なところ、しつこいなぁとボクは思っている・・歌う。平兵衛さんに、「四馬路(スマロ)って何か知ってる?」と聞いてみた。平兵衛さんは上海の租界時代に対するちょっとした思い入れがあるので多分知っているだろうとは思っていたのだけれど。

上海租界の時代、今の人民広場はイギリス租界の一部、大きな馬場があった。本国から船で運ばれてきた馬は外灘に着く。そしてその馬場へ曳かれて行くのにいくつかの道筋があった。今、歩行者天国になっている南京東路、九江路、漢口路、福州路などの道を順番に大馬路、二馬路、三馬路、そして四馬路と呼んでいたようだ。ということは四馬路は、今の福州路のこと。つい最近までは本屋さんやギャラリーの並ぶ通りだったのだが、ここへきてずいぶん様変わりしているよね。JIROは知っていたの?」

もちろん!ボクは生粋の上海っ子だよ、知らないわけないもんね。

ボクのお正月

明けましておめでとうございます。本年もご笑覧のほど、よろしくお願い申しあげます。

朝遅めの起床、仏壇に手をあわせたあと60有余年、相変わらずの朱塗りの椀でかしら芋、うるう餅入りの白味噌仕立ての雑煮で新春を寿ぐ。

初詣は孫の手をひき、近所の神光院へ、平素は静寂とした佇まいの、歌人蓮月尼ゆかりのこの寺にも初詣の人が引きも切らず訪れていた。帰り道は賀茂川の畔へ。道すがら私が馴れ親しんだ風景と何かが違うことに気がついた。
何が違うのかに気がつくのに時間は要らなかった。ユリカモメがいない、鷺の姿は散見するのに賀茂川の冬の風物詩ともいえるユリカモメが群舞する風景がない。これとて地球温暖化のせいであろう。

京都議定書をめぐり論議が交わされる京都国際会館とは目と鼻の先のこの場所で。

ボク、JIROです。

Jiro 20121203去年の今頃はHANAKOが急に我が家に現れたり、新しい家に慣れていなかったせいかすっかり体調を崩してしまって平兵衛さんにはずいぶん心配をかけた。29日にタナカ先生に手術をしてもらってもう大丈夫。あんなに小さく可愛いかったHANAKOも一年でずいぶん大きくなった、元気なのはいいけどお転婆過ぎてチョット困る。オレの食べ物は横取りするし、無視すると突っかかってくる。こっちがおとなしくしていれば噛みついたりするから本当に大変、「オトコは辛いよ」。それとHANAKOが来るまでは平兵衛さんはベッドで一緒に寝てくれたのに、いまはベッドの横でクッションの上で寝ている。寒くはなってきたけど平兵衛さんが寒がりでエアコンをつけて寝るから快適・快適。

いまでもよく平兵衛さんに叱られるのだけど自転車やバイクといった二輪車を見たらすぐに興奮してしまう、昔の嫌なことを思い出して噛みつきに行きたくなってしまう。小さい頃、「お友達になろうよ」と言って自転車に乗った知らない男の人のそばに駆け寄ったら突然殴られた。だからオレは自転車に乗ったヤツが大嫌い!

平兵衛さんに言わせるとボクは少し気難しいヤツらしい。そういえば名前を呼ばれても自分からは寄っていかない、すぐに「用事があるならそっちから来てよ。」と思ってしまう。腹がへっていても何でも口にするのは嫌だ、贅沢だと言われるけど好きなモノだけを食いたいもんね。嫌いなモノを「食え」と言われたら、「甘やかして育てたのは誰?」とクビをかしげてじっと平兵衛さんの目を見ることにしている。ボクの目から見ると平兵衛さんのほうがずっと我儘だとおもうけどなぁ・・・

今年も平兵衛さん、HANAKOともども大変お世話になりました。来年もどうぞ宜しくお付き合いください。来年が素晴らしい年になるようにお祈りしてるからね。